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2022.05.07

ママパパの生活

うさぎの耳〈第四話〉チョコ・クッキー|谷村志穂

photo by Nakamura Akio



「毛糸、こうしておくと可愛いね。果物みたい」

莉子は、大きな鏡もない部屋の中で、果物籠に並べた毛糸を褒めてくれる。

「それ、未完成か」

窓辺にあった編みかけのパペットを見つけた。紺色の体の頭から、ピンクの色を繋げようとして、うまくいかずに窓辺に置いてあった。

「編んじゃおうか」

そう言うと、自分のバッグから細長いペンケースを取り出し、収めてあるかぎ針を選んだ。指を器用に動かし、あっという間にピンクの色で三段分を編み足してくれた。

「糸はね、好きなように繋げばいいんだよ。編み足したら、前の糸はプツンと切る。紺にピンクか。いい組み合わせだね。そうだ、今日は頭にこれ載せようか」

と、皿にあったチョコレートコーティングの丸いクッキーをパペットの頭に載せて見せた。

莉子は、自分のバッグから取り出した茶色い毛糸で、くるくると、まず丸くて平たいクッキーを一枚。糸を閉じるとまた一枚編む。

続いて、もう少し小ぶりの丸い面を今度はピンクで編んだ。

茶色と茶色の間にピンクの一枚を挟み、これを茶色の毛糸で閉じた。

「はい、クッキーの完成」

「なんでも、編めちゃうのか」

私は驚いて、思わず呟く。

「なんでもじゃないけど、クッキーは、好きなシリーズなんだ」

と、莉子は言って、眠っている理玖に向かって動かして見せ、先ほどの紺色の胴体の頭に、これを帽子のようにつけた。目と鼻は、私がつけさせてもらった。また一人、今日も生まれた。特別、素敵な子が。

「起きたら、理玖に見せてあげよう」

ベッドの上で両手を広げて寝ている理玖を見ながら、

「このまま朝まで眠ってしまうんじゃない?」

「そんな日も、正直言うとよくある」

「お風呂は、このお屋敷のが使えるの?」

私が黙っていると、

「ごめん、余計なこと訊いた。さすがにもう失礼するね。紅茶、ご馳走さま」

「待って、どうしたら今度から会えるんだろう?」

今度は莉子が黙った。

「会おうか、これからも、時々」

「困ります。会ってくれないと」

自分の中から自然と言葉が溢れ出した。

「里歩ちゃんにも、会えますか?」

彼女はデニムのポケットから、携帯電話を取り出した。今時、ガラケーだった。

「里歩が生まれた時の写真。小さいでしょう?超未熟児で生まれた。それでも少しずつ大きくなって、必死に育ってる」

無数に収まった写真は、全て病室のものだった。保育器に入り、管に繋がれていた。けれど莉子は、たくさん写真を撮っていた。その横には、いつも様々な色のパペットが並んでいる。

「美夏さんの電話番号、教えてもらっていい?」

口頭で伝えると、彼女はその番号を口でなぞり、数字キーボードを押してゆく。

「正直言うと、病院と家の往復、後は私、夜に働いているの。サウナでマッサージ師してる。あ、変な所じゃないよ。女性も来るところ。病院のすぐ側にあったから、うまくシフトを組んでもらっていたんだけど、今度病院も変わるから、そこは辞めるしかないね」

私のスマホに表示された電話番号を、すぐに登録した。

〈飯村莉子・里歩〉

「電話でも、ショートメールでも、遠慮なく連絡して。出られる時間は少ないけど、必ず返事する」

「そこまで、送ります」

「いいよ。そっと出てくから。変な意味じゃないよ、リクくん、せっかく、よく寝てるから」

莉子はそう言うと、帰っていった。

茶色の毛糸を小さく玉にして、籠に加えていってくれた。

いい人すぎるのは、私ではなく莉子だった。

教えてもらった電話番号を登録し忘れていないのを、私はスマホに確かめる。いくら鳴らしても、メールを送っても繋がることのない夫の番号とは違い、莉子には繋がる。

「ちょっと」

部屋の扉を乱暴に叩く音が聞こえた。
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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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