「毛糸、こうしておくと可愛いね。果物みたい」
莉子は、大きな鏡もない部屋の中で、果物籠に並べた毛糸を褒めてくれる。
「それ、未完成か」
窓辺にあった編みかけのパペットを見つけた。紺色の体の頭から、ピンクの色を繋げようとして、うまくいかずに窓辺に置いてあった。
「編んじゃおうか」
そう言うと、自分のバッグから細長いペンケースを取り出し、収めてあるかぎ針を選んだ。指を器用に動かし、あっという間にピンクの色で三段分を編み足してくれた。
「糸はね、好きなように繋げばいいんだよ。編み足したら、前の糸はプツンと切る。紺にピンクか。いい組み合わせだね。そうだ、今日は頭にこれ載せようか」
と、皿にあったチョコレートコーティングの丸いクッキーをパペットの頭に載せて見せた。
莉子は、自分のバッグから取り出した茶色い毛糸で、くるくると、まず丸くて平たいクッキーを一枚。糸を閉じるとまた一枚編む。
続いて、もう少し小ぶりの丸い面を今度はピンクで編んだ。
茶色と茶色の間にピンクの一枚を挟み、これを茶色の毛糸で閉じた。
「はい、クッキーの完成」
「なんでも、編めちゃうのか」
私は驚いて、思わず呟く。
「なんでもじゃないけど、クッキーは、好きなシリーズなんだ」
と、莉子は言って、眠っている理玖に向かって動かして見せ、先ほどの紺色の胴体の頭に、これを帽子のようにつけた。目と鼻は、私がつけさせてもらった。また一人、今日も生まれた。特別、素敵な子が。
「起きたら、理玖に見せてあげよう」
ベッドの上で両手を広げて寝ている理玖を見ながら、
「このまま朝まで眠ってしまうんじゃない?」
「そんな日も、正直言うとよくある」
「お風呂は、このお屋敷のが使えるの?」
私が黙っていると、
「ごめん、余計なこと訊いた。さすがにもう失礼するね。紅茶、ご馳走さま」
「待って、どうしたら今度から会えるんだろう?」
今度は莉子が黙った。
「会おうか、これからも、時々」
「困ります。会ってくれないと」
自分の中から自然と言葉が溢れ出した。
「里歩ちゃんにも、会えますか?」
彼女はデニムのポケットから、携帯電話を取り出した。今時、ガラケーだった。
「里歩が生まれた時の写真。小さいでしょう?超未熟児で生まれた。それでも少しずつ大きくなって、必死に育ってる」
無数に収まった写真は、全て病室のものだった。保育器に入り、管に繋がれていた。けれど莉子は、たくさん写真を撮っていた。その横には、いつも様々な色のパペットが並んでいる。
「美夏さんの電話番号、教えてもらっていい?」
口頭で伝えると、彼女はその番号を口でなぞり、数字キーボードを押してゆく。
「正直言うと、病院と家の往復、後は私、夜に働いているの。サウナでマッサージ師してる。あ、変な所じゃないよ。女性も来るところ。病院のすぐ側にあったから、うまくシフトを組んでもらっていたんだけど、今度病院も変わるから、そこは辞めるしかないね」
私のスマホに表示された電話番号を、すぐに登録した。
〈飯村莉子・里歩〉
「電話でも、ショートメールでも、遠慮なく連絡して。出られる時間は少ないけど、必ず返事する」
「そこまで、送ります」
「いいよ。そっと出てくから。変な意味じゃないよ、リクくん、せっかく、よく寝てるから」
莉子はそう言うと、帰っていった。
茶色の毛糸を小さく玉にして、籠に加えていってくれた。
いい人すぎるのは、私ではなく莉子だった。
教えてもらった電話番号を登録し忘れていないのを、私はスマホに確かめる。いくら鳴らしても、メールを送っても繋がることのない夫の番号とは違い、莉子には繋がる。
「ちょっと」
部屋の扉を乱暴に叩く音が聞こえた。