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2022.01.16

ママパパの生活

うさぎの耳〈第二話〉そばかすパペット|谷村志穂

photo by Nakamura Akio


「この子も、名前はまだなし?」

「そう、まださっき生まれたばかり。我ながら、可愛いよね?」

「ええ、なんとも言えず。たまらなく、可愛い」

彼女は自分の人差し指から私の指に、三角帽のそばかすパペットをはめてくれた。緑色のパペットもそうだったが、毛糸の温もりが指をぴったりと包む。

理玖の顔の前で動かして見せる。パペットが動き、理玖は口をあけてあ、あ、と声を出す。笑っているのだ。とっても嬉しそうに笑っている。

「気に入ってくれたかな。じゃあリクくん、この子ももらってくれる?」

「構わないんですか?」

「もちろん」

許されている気がした。見つめることや、知り合うことを。

「私は高山美夏って言います。夏に生まれて、美夏です。お名前、伺っても構いませんか?」

自分の声が、少し性急に響いた。

この公園は、公民館と隣接している。雨風も凌げるし、トイレでは、おむつ替えなどもできるので、いつも子どもを遊ばせているお母さん方や、若くてはつらつとしたお父さん方の姿で賑わっている。遊具のある遊び場も、水場もあり、周囲はヒマラヤスギが覆っていて木陰もある。

私には、誰もが眩しかった。友人たちで、一緒に笑い合ったりしている。

なので、余計なことを考えてしまいそうで、ずっと顔を上げずに過ごしてきた。見上げるなら空しか、見ていなかった。毎日の雲の様子や、刻々と変わる空の色、そして、ベビーカーにいて、同じように空を見上げて、時折私の顔を見ては笑ってくれる理玖のこと。世の中で、たった一人、私を必要としてくれる存在。

「美夏さん、美しい夏か。私は、飯村莉子。草冠の莉という字。リクくんは?」

「理科の理に、王へんに久しいで玖、と書きます」

夫と二人でその名前をつけた日のことなら、昨日のように覚えている。私は、リクという音の響きに甘やかさを覚え、夫は王へんが二つ並ぶ名前を子どもへ贈った。

「きっと、意味があるんでしょうね。でも、私でいいのかな」と、莉子は自分の耳たぶに触れた。

「この公園で知り合いになるの、私でいい?他のお母さんたちは、もっとハンターみたいだよ」

「ハンター?」

「そう、失礼な言い方だとは思うけど、公園デビューって言葉もあるんでしょう?同じ月齢くらいの子どもさんを見つけると、子どもの名前を訊いて、仲よくなって、そこからは、誰々ママって言い合ってる」

「なぜ、ハンターなんですか?」

「ターゲットを見つけたハンターみたいに、進んでいく、ように見えるの、私、意地悪なのかな」

どうしてこの公園に通うのか、なぜか訊けなかった。自分も訊かれたくないと思っているからだろうか。

「じゃあ私は、パペットのママを、ハンティングしちゃったかな」

自分でそう言うと、彼女は少し首を傾けて苦笑いをした。

「そうか、悪いけど先に言っておく。私、LINEもやらないし、約束も苦手。それで構わないなら、また会おう」

傷付かなかったわけではないが、清々しくもあった。

「私もLINE、ほとんど使っていません。お互い、変わってますよね」

「お、そうか」

と、莉子が胸を撃たれたふりをして、二人で笑う。すると不思議なことに、理玖が、身をよじり、声をあげて笑った。あー、あー、という声が伸びた。

谷村志穂 小説「持ってきたんです、私。毛糸とかぎ針」

莉子が素直に驚く。

「本当に編む?」

「やってみたい」

「見せて。あ、糸と針の太さはいいね」

理玖とはじめて出かけた三駅隣の手芸用品店で、緑色のパペットを見せて、必要な用具を教えてもらった。糸の色は理玖が手を伸ばしたものを選んだ。ピンクと、水色だ。

鼻先の部分は、梵天と言って、これも各色あることをエプロンをつけた店員さんが案内してくれた。それから、目玉も。

可愛いですね。こんなのが編めたら、楽しいですね、と、店員さんも品物を渡しながら言った。

「じゃあ、始めるよ。最初は、輪に編みます」

と、莉子がその細い指で金色のかぎ針を動かす。

「輪に、編む」

ただその言葉が、胸を揺らす。見様見真似で指を動かし始める。

その時風が吹いて、色とりどりの枯葉が宙を舞い始めた。
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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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