夕方になると綺麗なウールのセーターに明るい色のパンツなどにはき替えて、髪の毛を整えて、うっすらメークもする。そして、俳句のノートを手に、少し近所を散歩する。帰ると自分の食べたい料理を私に頼むか、気が向けば自分でも作る。いつも白ワインを二杯くらい飲むようだ。
食事は別々だから、洗い物の食器からしかわからないが、昼食も夕食もきちんと旺盛に摂っているのがわかる。
「毛糸や手芸用具を少し買いたいんです。それと、保温ポットを」
「じゃあ、一万円もあればいいわよね」
重たい瞼をこちらに向ける。
「助かります」
私は義母の大きな財布から直接抜き出されたお金を、生活費用を収めるために渡されている、えんじ色の大きながま口財布に移した。
「あのね、美夏さん、手芸とかって、あなた、できるの?この家に変なもの増やさないでね」
出がけに、背中に向かって釘を刺された。
理玖が手に握りしめていた緑色のパペットが目についたはずだ。そういう嫌味をわざわざ言うのも、思わず寄せてしまう関心の裏返しに聞こえてくる。
「さあ、どうなることか」
「ちょっとあなた、何よその口ぶりは。やめてね、って言っているんだから、答えは、はいでしょう?」
「行ってきます」
一々、玄関脇の物置に畳み入れる約束のベビーカーを取り出し足で開き、理玖をシートに乗せる。首がすわってきたから、体は起こし気味にでき、二人で出かけているのだという気持ちが以前より大きくなった。ベージュの羽毛のブランケットをかけて外に出た。それは、義母の俳句仲間がお祝いに買ってくれたものらしくて、ずっと重宝している。
外気が冷たく、心地よい。
「理玖、今日はちょっとお出かけするよ」
どこからか風に乗って枯葉が舞い降りてきて、ブランケットの上に、一枚の絵のように載った。
彼女との再会は、あっけないほど早く訪れた。翌月曜日、以前と同じベンチに座っていたら、また髪の毛をふわりと揺らした女性が公園に現れたのが視界に入ったのだ。
自分のベンチから遊具を挟んで対角線側、公園入り口近くのベンチに、その人がすっと腰かけたのを見つけて、立ち上がった。
「こんにちは」
聞こえる距離ではないのに、声をあげていた。だが彼女は、気づいてはいないようだった。またはそっとしておいてほしいのかもしれない。
どうしようか、近づいて話しかけてよいものか戸惑って、もう一度勇気を持って頭の上高くで手を振ってみた。すると、彼女は顔を上げ、顔の前で手を振り返してくれた。
胸を高鳴らせている自分に、赤面しているのが頬の火照りでわかった。