煌々とあかりをつけたままの部屋で理玖はよく眠っていた。私の天使。本当は夫婦の天使であるはずだった。
その右手に強く握られたままの指人形をそっと外す。
緑の毛糸の編みぐるみで、大人の人差し指の第一関節までがすっぽりと収まる大きさだ。人形には、目玉の動く目とピンク色の丸い鼻がついていて、頭には花が咲いたように白い編み飾りが載せられている。
今日はいつもより遠くの公園まで足を延ばしたら、自分たち母子には、一つの出会いがあった。
理玖はまだ公園で遊べるわけではない。ベビーカーに座って、陽に当たっているだけだ。当てられている、というべきかもしれない。
私はその横で、帽子を目深に被ってベンチに座っている。何かを求めているわけではないが、何もすることがない、そんな時間はいつも長く果てしなく感じられる。
ベンチの隣に座った女性がいた。長いきれいな髪が、風に揺れていた。
彼女はずっと黙っていたが、肩にかけてきたトートバッグから、毛糸とかぎ針を取り出すと、糸を針に巻きつけながら、くるくるとそれを編んでいった。覗くつもりはなかったけれど、見てはいけないようにも思えなかった。緑色の指サックのようなものができ、それを指につける。トートバッグから、白いポットを取り出し、蓋に注いで飲みはじめる。甘い紅茶のようだ。よい香りがした。
そうやって過ごす方法だってあったのだ。ただ公園にじっと座っているだけでなくて、一人でだって楽しむ方法があったのだ。一人じゃなくて、理玖と一緒だから、それで満ち足りているのだと必死に自分に言い聞かせていた、と気づく。本当は、誰かに話しかけられるのを待っていたようにもはじめて感じた。誰かに、理玖の名前を呼んで欲しかった。自分ではない、誰かに。
自分から、思いきって声をかけた。
「手袋ですか?」
はじめは、その指の部分を編んでいるのかと思った。
「これ?違うの」
彼女は指先に載せたその編み物を動かし、
「指人形、パペットなの」と、こちらを見て答えた。透明感のかたまりのような笑顔だった。
「早いですね、編むの」
「なんだかね、私、最近、こればっかり編んでいるから、早くなっちゃったみたい」
会話は止まってしまう。けれど、その時は訪れた。彼女はベビーカーの方を覗き込んだ。
「お子さん?」
「ええ、男の子です。理玖って言います。障がいがあります」
なぜかそこまでを一気に伝えていた。
「リクくん?そうか」
と彼女は理玖の表情を見ると、トートバッグから、すでに顔のついた指人形を一つ取り出した。今、編んでいたのと同じ、緑の毛糸、頭には白い花が咲いたようなシルエット、顔は真ん中より下にきゅうっと寄っていて、鼻先はピンクのごく小さなポンポンだ。
指の先につけて、
「リクくん、こんにちは」
と、彼女が指人形を動かすと、理玖は笑った。まるではじめて空を見た子のような遠くを見つめた笑顔だった。
「僕は、まだ名前がありません。名前、つけてくれるかな?」
と、彼女が言うと、理玖は不思議なことに手を伸ばした。
「もらってくれるかも」
と、こちらを見る。