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2021.12.29

ママパパの生活

うさぎの耳〈第一話〉緑色のパペット|谷村志穂

photo by Nakamura Akio


〈勝手なことを言います。理玖をお願いします。君なら、きっと僕の分まで良き親になってあげられます。僕は今、自分一人すら持て余している状態です。

うちの母は、やさしい人間とは言い難く、子ども好きでもない。それで、姉家族とも疎遠なのは、君が知る通りです。ですが、当面、頼ってください。母には伝えておくし、幾ばくかは僕にも用意されてあった父の遺産が使えるはずですから。

同封すべきだと思い用意した書類ですが、提出するしないは、美夏に任せます。リュウ〉

律儀な字で綴られた手紙に添えられた離婚届は、今も私が持っている。夫は、一つの責任を果たすかのように、義母に、私たち母子を受け入れてくれるように頼んであったのだ。

十分に広さのある屋敷に、未亡人となった母親は一人住まいであり、部屋の一つや二つくらいは好きに使わせてくれると思ったはずだった。

月々の生活費も、夫が当てにした通り、義母がしばらく賄ってくれるという。甘やかな優しさなど、求めている場合ではなかった。私は、野太い人間となった。理玖と生きていくために、必要な強さを覚え始めた。



うさぎの耳母も子も、今日は風呂に入るのは諦めた方がよさそうだ。窓から外を見上げながら、私に抱き抱えられていた理玖は、むずかりもせずに、まどろみ始めた。一日くらい風呂に入らなくたって、赤ん坊からは清潔な生命力だけが伝わってくる。

急に居間が騒がしくなり、客人たちは玄関へ移動したようだ。やがて扉が開く音がして、客人たちの高い声は外に溢れ出ていった。

「あら、ここ、お嫁さんたちのお部屋、まだ灯りがついてるんじゃない?お孫さん、一目見たかったわ」

一人が言うと、すぐに呼応する。

「顔くらい、出してくれてもいいのに。私たち、煮て食べたりしないわよね」

「気が利かない人なのよ。また今度ね」

なるほど義母は、そういう風に話を収めているらしかった。

「そう言えば、息子さんは、まだ戻らないの?」

「夫婦の問題には、私はノータッチよ。そのうち帰ってくるでしょ」

俳句サークルの客人たちが庭の枯葉を踏みしだく音がする。今日の空には、傾きながら右半分だけが輝いているような明るい月が浮かんでいる。

そうやってよもやま話を続けながら、庭をぶらぶら歩く時間もなかなか終わらない。

「先もわからないのに、お嫁ちゃんを引き受けるなんて、真智子さんは、さすがね」

「ご長女は、反対しなかったの?」

実の娘は、何が理由なのかは知らないけれど、この家にもう長年足を踏み入れていないのだ。夫だって、本当は然りだった。

客人からそう言われたとき、庭先の義母は、果たしてどんな顔をしていたのだろう。

月明かりを受けた女性たちの横顔を、私は想像していた。
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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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