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2022.07.21

ママパパの生活

うさぎの耳〈第五話〉スイカの帽子|谷村志穂


今日は、ついに雨が上がった。

〈雨が上がったら、会おう〉

莉子から、最後にもらったメール。

〈今日の天気は文句なしでは?〉

私は、窓から首を伸ばし、空に雲が立ち込めていないかを確認し、そうメールを送った。思わず窓を開くと、タイサンボクの花の甘い香りが、部屋まで漂ってきた。

〈たまには、海でも見に行こうか。電車に乗って。何時だったら、出られる?私は、今から病院に寄ってから行くけど、正午にはE駅に着けるよ〉

理玖はすでにブルーのTシャツとしましまのスパッツを着て、準備万端で、ベッドの上で転がっている。

〈買い物を済ませてから、私もその時間を目指すね〉

私は鏡台の前で、少しうまくなった髪の毛結びをする。

砂浜で過ごせるように、折り畳みのビニールシートや、理玖の着替えにタオルなどをショルダーバッグに詰めた。

階下に下りて、ポットに紅茶を入れる。義母に買い物リストはどこかと声をかけた。そのまま買い物に出て、一旦冷蔵庫に収めたらもうすぐにでも、青空の下に出かけたかった。理玖と一緒に。


「今日は何を召し上がりますか?」

玄関先のベビーカーで、理玖はすでに待機中だ。リビングの扉に手をかけて慌てている私に、義母は訝しく目を細めた。

「出かけるの?だったらその前に、バスルームを片付けていってちょうだい」

「何か散らかっていたでしょうか?」 

バスルームを出るときには、いつも掃除も終えて出る。

「黄色い洗面器だとか、アヒルだとか、やめてくれない?」

端に寄せておいたのだが、気に入らないようだった。洗面器を頭に乗せてやると、裸の理玖は手で水面を弾いてはしゃいだ。アヒルも大好きなおもちゃだ。殺風景なバスルームにそれくらいは置かせてもらっても良いかとまた勝手に思ってしまった。私は、バスルームにあったそれらを手に持ったまま、玄関でベビーカーに座らせたままの理玖の様子を確認した。

まだメモは書いていないようで、テーブルに白紙の用紙と万年筆が置かれている。それすらも、窓からの光を受けて輝いて見えた。

「あの、ちょっと急ぐので、何か、適当に買ってきましょうか?」

片付けを終えてリビングに戻った私がそう言うと、

「ちょっと、そこに座ってよ」

顎が動き、ソファをさす。

「理玖を、玄関に置いたままなので」

「大人しくしてるうちは、構わないわよ」

窓の外の青い空の下へ、早く出ていきたい。息を深く吸いたい。

「どうしましたか」

「隆也のことよ。あいつ、本当に何の連絡もよこさないの?」

洗面器とアヒルを背中側に回した。思わずアヒルのお腹が押されて、ぷーっという間抜けな音がなった。

「連絡が取れたなら、伝えています」

「あなたね、もう警察に行ったらいいわ。行った方がいい。なんなら、今日にでも行きなさいよ」
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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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