「うちの子ね、すぐそこの病院に入院してるんだ。もう三歳になるけど、生まれてからずっとほとんど病院にいる。月曜日と金曜日は、"処置"の時間があって、あ、詳しいことはやめておくね、その時間は、私ここで休んでたの。だから、あなたたち親子のこと、よく見てたよ。暗ーいママで、大丈夫か?って思ってた」
「やっぱり、謝らなきゃいけない。何も知らずに、失礼なこと言いましたね」
「リクくん、抱っこしていい?」
それと引き換えに、とでも言うように莉子が訊いてきたのが可笑しくて少し笑った。
「もちろん、抱っこしてもらおうね、理玖」
莉子は抱き上げた。フリースの上下に帽子もかぶった理玖は、ころんと莉子の胸に収まった。
「重いなー。あったかいな。中身がパンパンに詰まってるな。それに、ミルクのいい匂い」
莉子が抱きしめ、立ち上がるとぶらぶらと辺りを散歩した。空を指さしたり、手を持ってその先を動かしたり、しきりと何かを話しかけていた。
そして、ポケットから取り出して、私に手渡してくれた。
「今日はこれ。この間のシャボン玉を思い出しながら編んだ指人形」
ピンクの糸で、頭には色とりどりのポンポンがついた大きなリボンが広がっている。
「やっぱり上手だな」
と、思わず呟いてしまう。病院の片隅で、編み物を続けていた、莉子の姿が思い浮かんだ。
私は自分の人差し指につけて、彼女の胸にいる理玖の顔の前で動かして見せた。
身を逸らすようにして、首を後ろに落とし、手をうんと伸ばしてきた。理玖の笑顔が弾けていた。ママたちのどんな疲れも溶かしてしまう。
「今日生まれた子も、傑作」
「本当にシャボン玉みたい」
「あのね、美夏さん、せっかく仲よくなったのに、今日はお別れを言いに来たの。うちの子は、里歩って言うんだけど、転院することになったから、もうここへはなかなか来られない」
「転院って、いつですか?」
莉子に来週早々であることを知らされた。天気予報の通り、空がにわかに陰ってきた。今にも雨が落ちてきそうだ。
「うちが、すぐそこなんです。よかったら、寄っていきませんか?ちゃんとコーヒーではなく、紅茶を入れます」
「だから、あなたはいい人過ぎるんだって」
と呟いた莉子の手に滴が落ちた。雨かと思ったら、それは涙だった。
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