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2022.02.22

ママパパの生活

うさぎの耳〈第三話〉シャボン玉のパペット|谷村志穂

photo by Nakamura Akio



たくさんの驚きをもらい、かぎ針も進み、指先で編まれていくピンクの色に気持ちが弾み、私はきっと調子に乗ってしまっていたのだと思う。糸に指をかけながら、呟いていた。

「莉子さんみたいな人が、本当のいいお母さんになるんでしょうね」

彼女の細い指が動きを止めた。

しばらく間があり、

「どお?できた」

少し冷えた声に聞こえた。

「いえ、私、今日はここからしましまに挑戦したいんです」

「別に同じだけど。ただ、糸を変えるだけ」

やけに早口だった。

「どう糸をつなぐんですか?」

彼女は手を止めたままだった。

ベンチに置いたバッグから、ポットを取り出した。カップに注ぐ音、紅茶の香り、莉子はそれを口にした。

理玖がぐずり始めた。香りに誘われ空腹を訴えているようだった。なだめるようにベビーカーを揺らしてみるが収まらず、理玖を抱き上げる。少し空中で揺らしてみる。もうずっしりと重い。抱きしめて、温もりを伝え合って、背中を叩きながら、あやしてみる。理玖、ごめん、もう少し我慢して。これは、はっきり言って、ママの都合。もう少し、莉子さんとお話させて欲しいと、心の中で懇願する。

莉子は、隣でじっと見ていた。いつもより、大きな目に見えた。

ぐずっていた理玖が、莉子に向かって手を伸ばし、笑顔になった。莉子も、その指先をつかみ、

「かわいいな」

と、呟いた。

「この子は、天使だね」

「いつも、そう言ってくれますね」

噴水の向こうでは、先ほどのグループが、帰り支度を始めているようだった。

「あなたはさ、いい人過ぎるんだよ」

いきなり、そう言われた。

「それに、無防備だよ。あの人たちの方がずっと正しい。前に、指人形を褒められたから、どうぞって言ったら、一人にはっきり言われたよ。すみません、こんな時代ですからって。もらったふりをして、捨てた人もいた。だからもう、本当はお母さん方と関わるの、懲りてた」

私は莉子について、勝手に、自分と同じように、この公園には誰も知り合いなんていない人だと思い込んでいた。彼女と自分たち母子だけが、ここで、冬の公園で、長い影法師の下で、出会ったように思っていた。その偶然に意味を持たせようと、必死に手繰り寄せていた。

莉子のそうした話し声が掠れて響いた時にも、理玖は、お、お、と声を出していた。まるで、今ここにいる誰をも励ましているように。

理玖、がんばれ、がんばれって言っているみたいだね。

「またでいいかな?しましま」

「待って、莉子さん。私、何か気を悪くさせてしまったんなら、先に謝りたい」

莉子は、眉をしかめて苦笑した。

「だから、謝らないでよ。こっちが、余計なこと言いたくなるから」

言ってほしいと思った。夫の隆也だって、きっと言いたいことがあったはずなのだ。頼むから、黙って消えたりしないでほしい。私に原因があるのなら、教えてくれないだろうか。

なのに私こそ、余計なことを訊いてしまいそうで、

「見てください。しましまをしようとすると、こんな風に段差ができてしまうから」

急いで指を動かし、編み足した先を見てもらった。指が少し震えていた。

「それでいいんだよ。それでも立派なしましまだよ」
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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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