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2022.02.22

ママパパの生活

うさぎの耳〈第三話〉シャボン玉のパペット|谷村志穂

photo by Nakamura Akio



子どもの中では年長に見える女の子が、シートの中を覗き込んで、小さな手で頭を撫でてくれる。

「かわいいね。うちもね、こんどあかちゃんくるの」と高い声で言う。

「たのしみね」

と、私が相槌を打つと、その子は少し首を傾げた。

莉子は、彼らの歓声に応えるように、次々空に向かってシャボン玉を吹き付ける。

「すみません、だめでしょ、赤ちゃん触ったら」

女児の母親らしき人が、ニット帽に大きなマスク姿で、やって来た。妊婦さんだ。

「もうすぐですか?さっきこのお姉ちゃんから聞いて」

「ええ、まあ」

別の小さな子が一人、ベンチに置いてった新しい指人形にも触れる。つかもうとすると、母親はすっとその子の腕を引いた。

「さ、もう終わり。向こうに行こうね」

「ぼくも、やるぅ」と、せがむ男の子の背中も引く。子どもたちは、あちらこちらを操縦される操り人形のようになる。

「またいつかね。ありがとうございました。すみませんでした」

わざわざそう言って、妊婦さんは、子どもたちを丸ごと連れていった。自分たちの元いた群れの方へ、中央にある水の止まった噴水の向こう側の方へと、消えていった。

「子どもたちのエネルギーは、すごいな。一気に来て、一気に帰っちゃった」

「リクくん、びっくりしたんじゃない?」

「指人形、あの子も欲しそうだったけど」

莉子は、何も答えなかった。

「そうだ、今日も少し習ってもいいですか?」

そう言って、毛糸やかぎ針を収めた小箱を取り出した。

私のはじめての指人形は、一度目は輪を編むところから始まり、次の曜日には胴体の部分を習ったが、これがちゃんと自分でできるようになるまでに三曜日かかった。多分、元々覚えが悪いのだ。

その次の曜日には、一番簡単な頭の飾りを教わり、最後に部屋に戻って、目と鼻を理玖にも見せながら完成させた。自分で言うのもなんだが、想像以上にかわいい子ができた。今は、窓辺に飾ってある。

それで、もっと他にも作ってみたい気持ちになっているのだが、毛糸の糸の色を変えていくつなぎ方もわからないし、頭の飾りも、莉子は幾種類も持っているが、見ただけでは編み方は想像もつかない。

すぐに教われるはずもないし、小さな編み物だからその時はとても接近して針の動きを見せてもらうことになる。

「いいよ。じゃあ、今日はシャボン玉の色でやってみようか」

と、莉子は手袋を外して教えてくれる。まだ肌寒いから、きっと指先だって冷たいに違いないが、その手はとてもスムーズに動く。同性なのに、しなやかで色気がある。

糸は、私の毛糸から選ぶこともあれば、彼女もいつも幾つかの毛糸を斜めがけのトートバッグに入れてあるから、気分に合わせて少し迷いながら、いずれかの糸を選ぶ。

「じゃあ、今日はピンクで編もう。シャボン玉と同じ色だね、リクくん」

と、本人の方を見るでもなく声をかける。

思えば莉子のバッグやコートのポケットからは、いつも指人形や毛糸だけでなくて、次々楽しいものが出てくるのだった。

理玖にとってのはじめては、この公園で名前を呼んでもらった日から、次々続いている。指人形だってそうだし、今日は、シャボン玉だ。ある日は図書館の絵本も、莉子が借りてきて読んでくれた。読むというより、それは「ころころ」と「にゃーん」の音ばかりが出てくる絵本だったが、その音を理玖に聞かせてくれたのだ。理玖はその音を聞いていた。そして確かに、蛍光ピンクの線だけで描かれた毛玉や猫の絵を、その目は追っていた。

笑ったのだ。淡い色の口元を開いて、感嘆とも、ため息とも取れる声を出して笑っていた。私は、驚いていた。理玖が絵本を読むなんて、まだ、そんな日は、ずっと先だと思っていたから。とても想像がつかなかったから。
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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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