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2022.02.22

ママパパの生活

うさぎの耳〈第三話〉シャボン玉のパペット|谷村志穂

photo by Nakamura Akio



莉子の声は急に柔らかくなった。荷物をバッグに押し入れて、

「じゃあ、またね。天使のリクくん」

そう言うと立ち上がり、こちらに微笑みかけた。

「本当に余計なことだけど、ちゃんと公園で友達作った方がいいよ。お母さん方は、みんなそれぞれ貴重な情報を持ってる。子育ての術を張りめぐらせて生きてる。きっと、リクくんのためになるんじゃない?」

そう言うと、風のように去っていった。その背中にも、理玖は、お、お、と声を発した。



谷村志穂 小説作りかけのパペットは、はじまりの輪はピンク色。そこから水色を足したが、しましまは、何度かやってみてもうまくいかず、今は水色の色がたらりと垂れたままだ。

次の月曜日にも、次の金曜日にも、莉子は現れなかった。

学生時代に、韓国語の先生がこう言った。

――あなたたちの中で、今英語が苦手な人がいたら、その意識は、少し消えるかもしれません。なぜなら、新しく覚える韓国語は、もっと苦手でしょうから。そうすると、英語はましに思えてくるのです。複数の語学を同時に学ぶのは、実は苦手意識を順番に変えていく効果的な方法です。

待つという気持ちにも、同じ効果が現れた。いなくなった理久のパパを心の底ではずっと待っていた。もちろん、来る日も、来る日も、今だって。それに、突然、夢に見る。

けれど、莉子のことも待つようになると、私の「待つ」は、たった一つの重荷ではなくなったようにも感じた。

だから思いきって、ある日はいつもの公園で、誰かと友達になれるのか、見渡してみた。ベビーカーを押して、群れの方へ近づいてもみた。「こんにちは」も言った。

でも、もう幾つも群れができていて、新入りは警戒されているのが伝わってくる。

小さい頃好きだった動物の番組で、よくそんな場面を観た気がした。新しい群れに、なかなか入れてもらえない猿、そして、闘いに敗れて群れから追い出される猿。

公園を変えようか、とも思い始めていた。

少し足を延ばした場所へも、訪ねてみたら良いかもしれない。

春めいてきたのだし、理玖も日に日に脚や腕が逞しくなっている。声もよく出る。

ベンチに座ってそんなことを考え始めていたら、突然、莉子が現れた。

「よ、リクくん」

長かった髪の毛が、ベリーショートになっていた。整った顔の形に沿ったショートヘアで、額にかかる髪をピンで緩やかに留めてある。コートの中には首にぴったりと張り付くリブの黒いタートルで、耳には真珠のピアスが揺れていた。

「だめじゃん、結局、一人でいるんだもん」

「似合いますね、ショート」

思えば私は、理玖が生まれてから美容院へも行っていない。一つに結んだままだ。

「ショート、勧めるよー。髪洗っても、すぐ乾く」

「長いのも、似合ってましたけどね。そうだ、絵本は返しておきましたから」

「ころころ」と「にゃーん」の絵本を莉子の代わりに図書館で返し、自分でもカードを作った。

新しく絵本を借りて帰宅すると、義母がこう言った。

「嫌ね、それ借りたの?絵本くらい買いなさいよ。誰が触ったかもわからないのに」

「買います、今度から」

図書館の本を渡してくれたのは莉子だったけれど、義母の言葉は頭の中で莉子の言葉に翻訳されていた。だから、優しく響いた。

――ちゃんと、あなたの天使を守りなさい。

いつもの嫌味な口調が、そう言っているように思えた。

「ね、どうして私はお母さんじゃないと思った?」

驚いて見返すと、莉子は続けた。

「ここに一緒にいないからだよね。それは、そうだ」
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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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