一週間もしないうちに、白坂から電話があった。メールを見てほしいと言われて、文面を確認した。
〈僕らの仲間を探しています。
写真左の男性 高山隆也 29歳
身長178センチ 中肉中背。
失踪して半年になります。消息を知る方は、ご一報ください。ご家族も待っています。
高山、連絡がほしい。
C大 馬術部60期一同〉
同期だった白坂が、自分のメールアドレスやスマホの電話番号まで公表して、フェイスブックで拡散してくれるという。
それこそ、問題が起きないかと訊くと、
「俺、独身だし、仕事は家業だしな、皆でも話したんだけど、今のところ、困ることはないと思うよ。
彼は、関東に何店舗かある仏具屋の後継だ。一人っ子で、兄弟代わりに馬を買ってもらった、と話していた。
「皆で検討したのは、拡散希望、という言葉を入れるかだったけど、一応、それは入れないことにしたの。拡散していいか聞かれたら、頼むことにする。他の同年代も協力してくれることになったから」
家の廊下で取った電話だった。電話口の声を聞いていたとき、手の甲に気づかないうちに涙が落ちていた。
「ちょっと美夏さん、電話なの?今、俳句を詠んでるのよ」
だがその声で、はっとした。
「すべてお任せしたいです。ありがとう」
義母の厳しい口調が電話口にも響いたのか、しばし、黙っていた白坂が、
「おう、じゃあ、任せて」
と、通話を切った。
それから三日もしないうちに、ぽつぽつと白坂の元にメールが届くようになったそうだ。目撃情報は、明らかに異(ちが)っているように見えるものや、悪戯っぽいのもあれば、探偵会社からの営業のメールもどんどん入ったようだ。
毎晩のように、白坂と話すようになった。
「銀座の百貨店の店員がよく似てるって寄せてもらっているけど、ちょっとな。年格好も、四十歳くらいで、ずいぶんマッチョのようだし」
「異(ちが)う、かな。それは」
ひと月もしないうちに、情報は百を超えたのには、驚かされた。
白坂と美咲が二人で、駅前まで来てくれて、ベビーカーで理玖を連れて会った。
チェーン店のコーヒー店のテーブルにさまざまな情報を広げる。美咲が可能性が高そうな順にリストにしてくれていた。
「こんなにしてもらって」
逸(はや)る思いで、順にリストを指で追っていく。
「美夏、気になるのある?」
「これと、これ、がまず」
〈広島、塾講師〉
〈高知、漁港〉
タイトルは、それぞれ地名付きだった。
「特に、高知は一緒に行ったこともあったから」
二人がこちらを見る。
「この連絡をくれたのは、三期上の徳永さんの親戚のお嬢さんで、アルバイト先のお弁当屋に、三ヶ月くらい前からよく似てる人が来てるって。話したことはほとんどないけど、標準語だったから、地元の人じゃないって。名前とか出身地とか聞いておこうかって聞かれたけど、徳永さんが止めておいてくれてる」
美咲が言う。
「塾講師の場合は、偽名とかは使えないと思うんだよな。あいつ、先生だったし、もしやとは思ったけど、今のところ名字も名前も別人。ただ、神奈川出身は合ってる」
どちらの隆也も想像ができた。
「でね、美夏、こっちの場合は」
「今は、いいんじゃないの?」
美咲の言葉を白坂が遮ったので、訊いた。
「いいの。遠慮しないで教えて」
「坊や、理玖くん、少しお耳を抑えててね。こっちの男なら、女と住んでるらしいんだ」
「情報源は、実はその女性の友人だったの。友人が同居を始めた相手の男の存在が謎だらけで、気になっていて、もしかして、そうかもって」
俄(にわか)に、想像の中の隆也が嫉妬の炎で燻されていった。名前を変えて、女と住んでいる。それも容易く想像がつくのだった。ここにいる同期たちには信じられないだろうが、隆也には、女にしかわからない色気があった。しっとりした暗がりに、女を招いて、何なくその住人にしてしまうような色気だ。隆也の細くて長い指を思い出し、狂おしくなる。
「後は、気になるのない?」
美咲が、覗き込んでくる。
あるのかもしれないが、突然始まった空想の中の嫉妬心が、まだ鎮火できていないのにたじろいでいた。
こういうことなのだと、わかっていたはずだった。見つけた先に何があっても、おかしくないはずだった。
「私たち、手分けして訪ねてみるつもりだよ」
「私が自分で行くよ」
「でも、子どももいるしさ。まあ、乗りかかった船だ。俺ら独身組は、身軽だから」
白坂はそう言ってくれた。