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2022.02.22

ママパパの生活

うさぎの耳〈第三話〉シャボン玉のパペット|谷村志穂

photo by Nakamura Akio

理玖は生後七ヶ月、母子二人で過ごしていた公園で、はじめて友人になった飯村莉子は、不思議な人だった。

次に会う約束やLINEでのやり取りは一切しないと、最初から言われていたのだが、月曜日と金曜日には公園に来る、という予定を彼女が変えることもなかった。午前ということはなくて、大体午後三時頃だ。夕飯の支度などをしに公園から帰っていく人たちが多い時間に、莉子はどこから現れるのか、公園に迷い込むように入ってくる。なぜか、そう見える。

「天使のリクくん、今日も元気にしてた?」

とか、

「今日もハンサムだね。あれ、手が大きくなったんじゃない?」

などとちょっと大袈裟に褒めてくれて、新しい指人形をポケットから取り出し、理玖の前で動かして見せる。莉子から、どんどん生まれてくる指人形、どの子もカラフルで、すぐに理玖の興味を引く。

春の陽射しが少し感じられるようになった今日は、莉子はベージュのスプリングコートの中に、鮮やかなグリーンのタートルネックの上で黄色のVネックのセーターを合わせている。色の淡いデニムにオフホワイトのショートブーツ。後ろに緩やかに結んでいた髪からは、おくれ毛がなびいている。ポケットに手を入れて、

「そうだ、リクくんと今日はこれで遊ぶんだ」

と、チャリチャリっと音を立てる簡単な包みを取り出して見せた。

マスクを外しても構わないか?と訊ねられたので、うなずくと、莉子はその包を開く。中にあったストローの先を小さなピンク色のポットにつけて、空中をめがけてふーっと吹きつける。一度目は小さく、二度目は大きく、続けて吹く。

おー、おー、と理玖が両手を伸ばし、交差させる。もうじき拍手もできそうに、両方の手が動く。

その先にあるのは、光、プリズム、揺らめくシャボン玉、大きくぷかりと浮かんだ光の玉も、小さく連なって吹かれた玉も、ゆらゆらしながら七色に変化する。

「嫌だったら、言ってね。シャボン玉みたいなのも、危ないって敬遠する人増えているみたいだから」

言われてみると、シャボン玉は呼気だ。今は人と人が触れ合うのも、距離を狭めるのも、皆が恐る恐るになっている。そんな時代に、理玖は生まれて、自分は母になったのだと、こんな時改めて感じる。

「気にしないでください。でも、だからなんだろか、思えば理玖にはこれがはじめて見るシャボン玉です」

「まだ生まれたばかりだもん、リクくんにははじめてだらけだよ」

そう言いながら、莉子はだんだんシャボン玉飛ばしの要領をつかんだようで、等間隔に並ぶ子どもたちのように連射させていく。

「ねえ、リクくんには、何色に見えているのかな」

莉子は、ふと手を止めると、理玖の目線の高さまで首を傾げる。

「リクくん。あの子は、ピンクかな。ピンクに見えるよね」

どの子を指さしているのか、大体、シャボン玉まで子どもなのかと感じながら自分でも覗いてみるが、シャボン玉の"子"はあっという間に、風に揺られてどこかへ流れていった。

「あ、これしってる。しゃぼんだま」

走って近づいてきた子どもたちがいた。色とりどりのフリースやパーカ、ダウンベストなどを着ている。おしゃれな大人のミニチュアのように見える子どもたち。理玖の収まったベビーカーが、子どもたちに囲まれる。
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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

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谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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